遠藤ミチロウ 尾崎豊と同じ日に逝く AURAのREDS☆が「貴方に受けた衝撃は未だ自身の血管に脈々と流れています」

令和の初日の五月一日にロックスターの訃報が流れた。パンクロックのカリスマ 遠藤ミチロウが4月25日に膵臓がんで死去していたことが、彼のオフィシャルTwitterアカウントで発表された。享年68歳。

「【遠藤ミチロウオフィスより】

遠藤ミチロウは、昨年より膵臓癌を患い闘病を続けてまいりましたが、2019年4月25日に都内の病院にて永眠いたしました。葬儀は本人の意向により近親者のみで執り行いました。後日、音楽葬を行う予定です。生前のご厚誼を深謝し、謹んでご報告申し上げます。」

伝説のロックスター尾崎豊は1992年4月25日に死去、遠藤ミチロウは偶然にも同じ命日となった。

遠藤ミチロウは、伝説のパンクバンド、「ザ・スターリン」のvocalistとして1982年にアルバム「STOP JAP」でメジャーデビュー。

1985年の「ザ・スターリン」解散以降は、ソロ活動の他、様々なバンドで活躍、2011年には「プロジェクトFUKUSHIMA!」を発足させ、東日本大震災の影響で発生した福島第一原子力発電所事故により被災した故郷・福島の復興支援に尽力していた。

「宮藤官九郎も遠藤ミチロウの影響を受けた一人。自らのバンド『グルーブ魂』のメンバーの前で遠藤に生歌をプレゼントされたこともありました。ココリコの遠藤章造の前妻、千秋も遠藤ミチロウの大ファンで姓が『遠藤』になって嬉しかったことを雑誌のインタビューで語っていました」(週刊誌記者)

芸能界にもファンが多いカリスマ遠藤ミチロウには、知的なバックボーンもある。

「福島一の進学校から国立大学というインテリ経歴の遠藤の影響でパンクロック少年から大学教授になった人もいます。過激な歌詞、パフォーマンスは、多くのアーティストに影響を与えました。公表が改元後になったのは、天皇を歌った楽曲もあったからという説もあります」(音楽ライター)

その歌詞の世界観もパンクロックのジャンルを超えて、ヘビーメタルシーンにも多大な影響を与えた。